戦国浪漫 南奥羽戦国記 猫御前と伊達政宗の旅する南東北 戦国まち歩き

伊達と最上をはばむもの

大崎の陣

 

大崎家内で二手にわかれる内紛が勃発する。
伊達政宗は大崎制圧の機会として、武力介入した。
しかし、ここに立ちふさがったのは、大崎家の軍師 黒川晴氏
さらに、最上義光も大崎家内紛に武力介入。伊達と最上の全面戦争に発展した。
この全面戦争に対し、政宗の母であり、最上義光の妹であるお東の方が、両者の前にたちふさがった。
また、上杉方の本庄繁長は、その隙に最上領庄内に進撃した。

 


伊達政宗

黒川ごときに不覚をとるとは、どういうことだ

天は、政宗に味方せず
軍を二分した伊達軍は、泉田が先陣として中新田城を攻めた。
伊達軍の攻撃は凄まじく落城寸前であった。
しかしここで、大崎軍が待ち焦がれていた大雪がふると攻守一転。
伊達軍は、寒さのあまり撤退を開始した。
するとこれまで動きがなかった桑折城から黒川晴氏が出撃。
伊達の背後を襲った。
先陣は壊滅的打撃をうけ、新沼城へ逃げ込み降伏。
後陣の留守政景は、黒川晴氏に赦しをもらって撤退させてもらうという惨敗であった。

 


伊達政宗

母上そこをお退き下さい。最上はゆるせません

政宗 母の前に軍をひく
大崎の内紛で伊達と最上の全面戦争が決定的になった政宗は、最上と伊達の国境の中山に軍を進める。
対する義光も軍をすすめ叔父と甥の直接対決が始まる。
そこの間に割って入ったのは政宗の母であり義光の妹である、お東の方であった。
両軍の間に80日間居座り両軍を撤退させるという、文字通り身体をはって戦争を回避させたのである。

 


伊達政宗

上杉の本庄繁長か。上手く立ち回ったな。
漁夫の利というやつか

上杉、奥羽へ乱入する
上杉景勝と協力体制にあった新潟の北を支配する本庄繁長は、大崎や伊達の対応におわれている最上義光の隙をみて、最上領の庄内地方に進撃を開始する。
十五里が原で激突した両軍であったが、充分な兵をさくことができない最上軍は完敗し、最上は庄内地方を失った。

 

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政宗の南奥羽戦国史