戦国浪漫 南奥羽戦国記 猫御前と伊達政宗の旅する南東北 戦国まち歩き

奥羽の毒マムシ

大内定綱

戦国の世を生き残るには、毒と知っても毒をくらう、自ら毒になること。
政宗に毒くらう器があるか?

 

元々は石橋氏の家臣であったが下剋上によって、大名となる。
伊達・葦名に挟まれる中にあって、臣従、裏切りと政宗を大いに悩ます。
政宗は裏切りに対し、烈火のごとく怒り、定綱の城、小手森城で撫で斬りを行なう。
その後、葦名にいたが葦名を見限り伊達に帰参し、摺上原の戦いなど活躍した。
散々政宗を苦しめた、定綱だったが、伊達帰参後は伊達家の重役を担い、後に伊達の一門衆に列せられている。

 

大内定綱 関連史跡

宮森城
福島県
伊達輝宗の惨劇の舞台
小手森城
福島県
伊達政宗が800人の撫で斬りの命令をくだした城
小浜城
福島県
大内定綱の居城
二本松市歴史資料館
福島県
二本松市の歴史について展示学習できる
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