戦国浪漫 南奥羽戦国記 猫御前と伊達政宗の旅する南東北 戦国まち歩き

徳川家康 天下への野望をあらわにす

1599年 前田利家の死と豊臣家分裂

 

徳川家康は天下への野望をあらわにする。
豊臣派の前田利家、石田三成、上杉景勝らが警戒する中、再び日本中にきな臭い臭いがたちこめる。
そんな中、家康の一番の政敵である前田利家が死去。
さらに家康は豊臣内部の石田三成派と反石田三成派を抗争させることに成功。
豊臣派を切り崩す。


前田利家

これ以上、豊臣家にあだなす家康をこの利家ゆるさん

 

徳川の野望は加速する!立ちふさがる前田利家
1月 天下への野望をあらわにした徳川家康は、秀吉の遺命である大名同士の婚姻を無視して伊達家と婚姻関係を結ぶ。
こうした家康の横暴に、豊臣に忠義を尽くすべく五大老の一人 前田利家が家康に対して抵抗する。
豊臣に忠義を尽くす前田利家派と、徳川家康を支持する徳川家康派の対立は武力衝突寸前までになる。

 


石田三成

おのれ、家康め。
この三成、豊臣家のためにかならず戻ってくる

徳川の策謀の前に、豊臣家武将は分裂する
2月 武力衝突寸前までなった前田派と徳川派は、お互いに和解することで武力衝突は回避された。
しかし病魔に襲われていた前田利家は、その直後の3月に死去する。
かねてから石田三成と仲が悪い、加藤清正・福島正則らが利家死去の翌日に三成を襲撃する。
佐竹義宣の機転により三成は救い出されるが、豊臣派の内部分裂が決定的になる。
この事件により三成は、失脚し佐和山に引退させられる。政治の中心から三成はおろされる。

 


直江兼続

わたしは三成の才能を愛している。
友のために立ち上がろう

天下の忠臣 豊臣の石田、上杉の直江、徳川との決戦を決意
8月 徳川家康の専横が進む中、上杉景勝・直江兼続は会津へ帰国する。
家康の傀儡独裁政権をとめるには武力しかなかった。
会津へ戻る途中、直江兼続は蟄居中の佐和山城にいる石田三成のもとへ向かう。
そこで、天下の構想を話し合う二人。
会津に戻った上杉は、領内の整備と、会津守備の最後の砦である向羽黒山城の改修を始める。
平城の若松城に対し、向羽黒山城は山城で戦闘用の城であった。

 

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