戦国浪漫 南奥羽戦国記 猫御前と伊達政宗の旅する南東北 戦国まち歩き

北の関が原 福島を狙う伊達政宗を上杉が迎え撃つ

1600年10月 福島の陣

 

直江兼続が米沢に撤退すると、伊達政宗は本格的に福島・伊達奪還のための侵攻作戦を開始する。
迎え撃つ、上杉は、上杉の先陣須田、猛将の本庄、軍師の傑山、鉄砲の水原と精鋭揃い。
しかし、広大な上杉の領土の為、兵は分散しており福島城の兵力は少なかった。
魚鱗の陣の総構要塞福島城に、福島・伊達地方奪還を目指す政宗と伊達の三傑が襲い掛かる。

 


須田長義

貴公が伊達の先陣か、我は上杉の先陣 須田長義

伊達の先陣と上杉の先陣
梁川城に布陣する須田長義は、阿武隈川対岸の大枝城に布陣した片倉小十郎と対峙する。
片倉によって動きを封じられた須田。
伊達政宗の本隊の先陣は茂庭綱元。
上杉軍は摺上川や宮代館で茂庭綱元に撃破される。
さらに伊達軍は西方面にも別働隊を出し、飯坂大鳥城、庭坂砦、大森城にも進撃し会津・米沢と福島城の連絡網を絶った。
伊達軍は信夫山南麓に布陣すると城下町に焼き討ちをかける。

 


伊達成実

伊達成実であるが、攻めるにあたって福島城の上杉方に挨拶に参った。

成実の挨拶
信夫山に布陣した伊達軍。
信夫山から福島城の様子はよく見えた。
間に立ちふさがるのは松川とその支流。
政宗は偵察部隊を出す。その偵察を買って出たのが伊達成実。
成実は川の手前で、偵察部隊を残すと単騎で川を駆け抜け、大手門の前に名乗りをあげる。
成実の武勇に感心した本庄繁長は、鉄砲弓矢で撃ちかけることをせず名乗り返す。
伊達の城攻めがいよいよ始まる。

 


本庄繁長

信夫山に陣取ったか政宗。
やらせはせん。やらせはせんぞ。
貴様ごときに、この福島城は

伊達、上杉 激突する
城の北と西に出城の役割の寺を魚鱗の陣に配置し、後方を阿武隈川に守られた福島城。
北の伊達を意識して設計された城だった。
城は政宗がいた頃と違って総構えの要塞だった。
大軍で襲いかかる伊達軍だったが、福島城は強固に抵抗した。
城にこもり善戦する本庄繁長に対し、大枝城にいた小十郎が、城攻めの援軍に加わるが城は落ちなかった。

 


伊達政宗

こたびは引き上げるが決してあきらめはせぬぞ

政宗撤退する
梁川城では、政宗の得意の調略に内応した裏切り者が発覚し混乱していた。
しかし、片倉小十郎が福島攻めに向かうと須田長義は、阿武隈川を渡河し伊達軍に襲い掛かり撃破。
さらに伊達政宗の後方を襲った。
須田の攻撃と同時に、城から撃って出た本庄繁長。
前門の虎、後門の狼に挟まれた伊達軍は、城攻めで多数の死傷者もでていたこともあり撤退を開始した。

 

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